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アルビノの仔供たち02
校舎の外れに或る古びた木造の第二図書館は
そういった夜間学校に通う生徒達の為に使われていた。
陽が堕ちて辺りが静寂に包まれる
夕刻から夜にかけて燈りが点く其の図書館は
木蓮や蔦に覆われた清らかなつめたい空氣の中で
ランタンのように浮かんでゐる。
繊細な少年少女達が通う其処は
騒ぎ立てなければ一般の生徒も利用することが出来た。
あまり借りられることの無いような専門的な蔵書や
すこし変わった不思議な本が多いのが、
第二図書館の特徴で
聖書用の装飾文字全集が納められているのも此処だった。
誰に開かれるのを待ってゐるのかも判らない蔵書が
ただただ静かに古い飴色に風合いを増した
木の本棚に睡ってゐる。
読んでも読まなくてもどうでもよさそうに
だけど掌でそっと引けば
とてもしずかな声音でいのちの傍へ寄り添い
友情を育んでくれそうなものしずかな、
深い、温かい重さの本たちだった。
僕は其処で、ほんとうの僕の
たましいの友達を捜すのが好きだった。
僕にはひとに云えないことが、もう既に多すぎた。
そして言葉にすることも出来ないことが多すぎた。
翡翠は其の図書館で史書の梟(ふくろう)と云う
銀色の髪の青年の男の手伝いをしている。
梟は記憶が数箇処無い青年だと噂を聞いた。
少年の頃に、あまりに疵付くことがあって
記憶と一緒に、髪の色素が抜けてしまったのだと云う。
其れで、喪くした記憶や感情を慕うように
全ての本を愛する、倒錯した世界で佇んでいるのだと云う。
翡翠は夜間学校がない日もやってきて
梟といつもしずかに本の整理をしたり、
貸し出しや返却の手続きをしていた。
翡翠や梟が本を整理する、
其のしずかな第二図書館の空氣が好きだった。
「やあ、よく来たね。
波瑠(はる)。」
梟は僕を見かけると云う。
僕は返事も愛想笑いもせずに(と云うよりも出来ずに)
頭だけ下げて古びて変形した
少し癖のある開き方をするペンキの剥れた赤いドアを潜(くぐ)る。
ドアの覗き窓にはステンドグラスのような硝子が嵌めこんである。
「肩、碧い揚羽が留まってゐるよ。」
何時の間にか後ろに居た翡翠に驚く。
翡翠はそんな動揺も氣にした様子もなく
小首を傾(かし)げて僕と僕の肩に留まる揚羽を眺めている。
「蝶々はたましいのお遣いだなんて云うものね。
蝶々は判ってゐるんだよ。」
僕は虚を付かれながら
翡翠の意味不明な言葉を聞いていた。
「何を。」
それでも僕は、小さな声で尋いた。
翡翠の前で静かに振り絞り呟いた声は
僕が封印した本当の声のようで震えていて
自分でも久しぶりに聴いた其れに泣きたくなった。
だけど僕は
翡翠に声を出して尋いた。
本当の会話をしてみたくなった。
翡翠はただしずかに
無邪氣に微笑しただけだった。
双人(ふたり)と居ると、言葉に出来ない疵を抱えている僕も
普通の存在で居られるような氣がする。
色々なことがあると云うことは
其のなかでは当たり前で
其れを前提として交わされる会話や沈黙は
温かかった。
双人がこっそりと紅茶を淹れる。
僕の分もそっと用意されている。
持ち手にトランプ柄の描かれたすこし欠けたアリスのカップには
受け皿にビスケットが載せられていた。
「内緒だよ。」と
梟が人差し指を唇に当てて
微笑して囁く。
「聖書には、汝、学校では
こっそりビスケットは食べてはならぬ。
何時如何なるときも。って
書いてあるのだからね。」
僕はとても面倒臭い気持ちで梟の冗談をあしらう。
僕はとても面倒臭い気持ちで梟の冗談をあしらう。
「書いてないよ。
でも食べたら不可ないんだけれど。」
「書いてないの?」
翡翠が云う。
カトリック学校の生徒だろう、
礼拝の時間に聖書読むし…!
と思いながら翡翠の円くひらいた薄い瞳を見返すと
「さっきは電光石火でつっこみ返した癖に。
翡翠には甘いんだ。躊躇するんだ。」
と梟が大げさに肩を下げた。
翡翠がくすくす鈴のような小さな声をたててわらいだした。
あゝ、なんだジョークか、と思いながら
翡翠が僕をよく見てわざと言ったことが沁みて
僕は俯いて一緒にわらいながら
肺に柔らかな温かさがひろがっていく感覚に
少しだけ切なくなった。
僕は久しぶりにわらった氣がした。
こうして君とお茶を飲みながら
世界と世界の感情の全てを
ただ静かに一緒に眺めてみたいと思ってゐたのです。
そうすればまた今日も明日も日々の中に
聖域のような何かを少しずつ
積み上げていく勇氣が持てる氣がして。
其処に何時か小さな花が咲いたら
其れは君に―――。
2012.05.07. fin
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