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祈 り の 森
float light wood
float light wood
* * *
それは何千年もの永き年月(としつき)のなか
幾重もの星と月の軌道と生と死を見守ってきた
古樹を宿す空に浮かぶ森。
その森の深くには大聖堂水晶宮(カテドラルクリスタル)と云ふ
複雑な結晶構造を持つ水晶がその名の通り
聖堂のように重なったうつくしい教会があり
いと古き時代からこの星を護る精霊と対話するとされる
少年王が治めて居りました。
空に浮かぶ森は祈りの森と呼ばれ
数十名で形成される少女合唱団があり、
祈りを込めた賛美歌の調和的な微細振動によって浮かび、
代わる代わる鉱石聖のパイプヲルガンと共にながれいくその唄は
多くのいのちが暮らす樹木と水の美しい瑠璃色の青き星の調和を
守ってゐたのです。
祈りは星に豊かな雨や穏やかな風土、
幾種類もの果樹や苔、シダ類、藻類、
鳥や獣、昆蟲、透明な鉱物層、素粒子、元素の生と死を
深い慈愛で包みながらながれて廻っていきます。
それは生命を変えるためではなく
赦しによって炎症を祓い、
それぞれの根源性に合掌するためのものでした。
少年王は古代からこの星を見守る大樹の精霊と対話する一族の末裔で
先代が亡くなってからは史上最年少で
この聖なる祈りの森を治めて居りました。
少年王は大聖堂水晶宮の奥深く、
鉱石調整師や賛美歌聖少女楽団や
薬剤師、銀河書記師、その他無数の使用人なども滅多に立ち入れない
「星の子宮」と呼ばれる間で
より深い祈りを捧げて暮らしていると云われています。
故に地上に暮らす人々は
その少年王の姿を見たことはありませんでした。
* * *
地上での聖職学部、古典精霊薬草学科を終えた少女、
雨香(うか)もまた、少年王に逢ったことなどありませんでした。
両親を早くに喪い教会の孤児院で暮らしていた雨香は
樹木や花、鉱石との天体的な感応感覚を見出され
特別に編入を許された少女でした。
ゆっくりと空氣中に散文する光の配列が視えるという以外は
とても普通の子供だったのですが
他に身寄りもなく行く宛てのない雨香は、
この森で働くことになったとき
やっと永く居てもいい場処が見つかったかも知れない、と
すこし安堵しました。
それまでは何処に居てもすこし
所在がないような申し訳ない想いで過ごしていたからです。
地上に暮らす身でこの森に配属が決まることは
とても珍しいことでしたし
此処に入ると地上の親族や友人と連絡を取ってはならぬ規約でしたが
疵ついた孤独な気持ちをそっと癒しながら生きるにも
丁度良い行き先のような気がしていました。
* * *
この星の美を一心に吸いこんだやうな
青い花びらを携えたブルーベルと云ふ鈴の容(かたち)の
甘い蜜の馨りの花が星のように無数に咲き乱れる薬草が栽培される庭で
透明な硝子の試験管にその花粉を採取してゐますと
ふとあたまの上から深い和やかな発音の
鼻にかかったやうな優しい声が降ってきました。
「食べたことあるかい。
此の花の蜜は薬膳茶や鉱石茶に淹れたり
焼き菓子に入れると美味しいんだよ。」
焼き菓子に入れると美味しいんだよ。」
足音の気配も全くしなかったのに
いつの間にか黒髪の少年が横に立って
花をひとつ摘んでいました。
鎖骨までのやわらかい黒髪と瞳にかかる長い前髪の間から
多くの星が睡る夜のような
深い黒曜石に似た癖のある不思議な瞳がそっとこちらをのぞき、
雨香はその瞳の吸い込まれそうな深さに
一瞬時が立つのを忘れてしまいそうになりました。
全ての感情をみつめながら
ゆるしつづけたような深い優しい黒色は
疵が多すぎる故に黒くみえる、多色なやわらかな闇のように見えたのです。
寝巻きとも取れる薄着のやわらかな風合いの
シャツとズボンを着た少年は靴すら履いておらず
もつれた髪に指を入れながら猫背で佇み、
きょとんとする雨香に瞳を細めて
声を立てずに咽の奥でしずかに微笑うと
「新しく入った仔なの、」と
続けて不思議な深みの声でゆっくりと尋きました。
シャツには貝殻を薄く切って加工したような
白い綺麗な釦(ぼたん)が付いていて、
森の上の月光を受けてきらめいています。
先輩の薬剤師さまかしら、
それとも、鉱石病棟で治療中の患者さまか何かかしら、と想いながら
薄い白桃色の頬を微笑えませ
「はい、雨香と申します。
つい先日この祈りの森の薬学研究室に入ったのです。
あの、貴方さまは…。」
少年はしずかに瞳を澄ませてその問いを聞いた後、
小さな悪戯を思いついた子供のような色を
瞳の中にそっと揺らめかせると
「僕…? 僕は叶人(かなひと)。
君の事は憶えているよ。
ご両親が亡くなって此処に来るまで
独りで大変だったね。」
馴れないことが続いて緊張していた雨香は
澄んだ栗色の長いみつ編みと前髪を揺らし
叶人を凝視めました。
憶えている…?わたしは初対面のはずだけれど
この人は何を云って…。
そう想いながらも
其の言葉は不思議と警戒心を抱かせずに
雨香の胸に沁み込み、
予期せぬ安堵の瞬間にゆるんだ雨香の頬を
透明な滴がしずかに伝いました。
初対面の人の前で何故か止まらない泪に愕きましたが
叶人は何も謂わずに
さりとて無視をするわけでもなく淡々と花をみながら
花煙草と呼ばれる薄荷と白蓮が包まれた
薫りと花にながれる微細な光を呑む煙草を取り出し
火を点けて咥えました。
花煙草を持つ指と手首が優雅に揺れ
あたりに柔らかな蓮の香の煙がながれ充ちます。
「先生方に此処は規律の厳しい処だからと
何度も聞かされていて
ほんとうはすごく緊張していたのです。
家の事情で
他に行く宛てもなくて覚悟して来たものですから…。
でも…叶人さまにお逢いできて
なんだか今すこし気が抜けました。
ありがとうございます。」
此処に来る前に教会孤児院のシスターと縫った
菫の刺繍を入れた薄青色のハンケチをそっと握って
此れ以上泣かない様に堪えている声が
小さく擦れていました。
それでも叶人が嘲笑する気配もなく
ただやわらかく黙っているので
此処に来てはじめて雨香は
菫の刺繍を入れた薄青色のハンケチをそっと握って
此れ以上泣かない様に堪えている声が
小さく擦れていました。
それでも叶人が嘲笑する気配もなく
ただやわらかく黙っているので
此処に来てはじめて雨香は
いつもの自分に戻れた気がしました。
「厳しいこともたまにはあるかも知れないけれど
此処はそんなに怖ろしい処ではないから。
安心してゆっくり仕事を憶えるといいよ。
薬学研究室は古代の療養の継承や研究、
そして地上の人々に渡すカルテの製作に繋がっているのだから、
そうして地上に残してきた友人達を
想い続けるといい。
君はいつも独りじゃないし。」
叶人はそう云って雨香を見遣ると「僕も居るしね、」と
子供のやうに微笑みました。
雨香もつられてふふ、と微笑みます。
どうしてだろう。
不思議と懐かしい…。
* * *
そうしてたわいのない談笑をしていますと
「祈りの王、祈りの王よ…!」と
黒い聖職着を着た銀色の髪と
銀の細く美しい柄と円い硝子の入った
眼鏡をかけた藤色の瞳の青年が
慌ただしく走って来ました。
神官の夜鳥(やとり)さまです。
「あ…。 夜鳥さま…。
わたし、叶人さまとお話して
すこし此処の事に詳しく…。」
雨香が庭の葉や花びらをあたまにのせたまま
ご報告しかけますと
「叶人さまですと…?
祈りの王…!こんな処に…!!」
祈りの王…!こんな処に…!!」
慌てて夜鳥さまが
双人(ふたり)の処に駆けてきます。
「やばい。約束の時間を忘れていた。
でもまぁ、わざとなんだけれど。
夜鳥のあの顔見るの面白くて。」
と叶人が隣でぼそりと呟くのが聞こえました。
王…?
祈りの王…??
祈りの王…??
雨花は瞳を円くして、冷や汗を零しながら
隣で声を立てずに俯いて笑ってゐる叶人を凝視めました。
「ごめんね、雨香。
愕かせるつもりじゃなかったのだけれど。」
双人の傍に着いた夜鳥が息を切らし
「申し訳御座いません、
叶人さまに薬草採取を手伝わせるなんて…!
先日入ったばかりの娘でして…。
其れも重ね重ね申し上げなければなりませぬが、
叶人さま…!
今日は満月ですから
其れも重ね重ね申し上げなければなりませぬが、
叶人さま…!
今日は満月ですから
くれぐれも禊の時間を忘れぬようにと…!」
「まあまあまあ、落ち着きなさい。夜鳥。
煙草でも呑め。其の通り、僕は約束を忘れた。
仕方がないからすこし落ち着くために
一服しようじゃないか。
空の月も見事なことだし。」
「否、そうではなくて…!」
花煙草を差し出しながら
問題を擦り替えて咤を逃れようとする叶人の作戦は
いとも容易く終わってしまいます。
叱られるはずの雨香と叶人の方が
なぜか若干夜鳥より落ち着いてしまっていることは
余計彼を苛立たせたようでした。
其の様な遣り取りを横目に雨香はと云ふと
此の森を治めまします王と気付かずに
月夜で霊力の高まった薬草採取の手伝いや
自分の内情までもを打ち明けてしまったことに怯えて
俯いていました。
俯いていました。
なんてことを…。
やっと此処で働けるようになったのに
追い出されてしまうかも知れない。
この後わたしは帰る場処もなく
何処へ行けば。
そんな気持ちで泪ぐんでゐると
叶人の指がしずかにそっと伸びてきます。
泪ぐむ雨香の頭を猫のように撫でると
ふわりと叶人は雨香を抱きかかえてしまいました。
「あ…。」
其の、ひとの疵の構造を識りつくしたかのやうな
繊細な無駄のない触れ方で
輪郭のひんやりとした優しい指が
輪郭のひんやりとした優しい指が
雨香の髪を梳かしたとき
雨香はある古い記憶を思い起こして居りました。
「泣かない、泣かない。
君は素直でいい仔だよ。
僕は識ってゐる。
君が俯いてひとの心無い羨望のなかでも
文句ひとつ謂わずに此処まで来た事も。
此れ以上君が疵つくことはないんだ。
此処で暮らしていいんだよ。
僕は君が成長して
此処へ来ることを
ずっと愉しみに待ってゐたよ。」
雨香は叶人の首に腕を巻き
泣いていました。
そう、あれは。
両親が喪くなった日のこと。
幼かった雨香が独りでその哀しみに耐えていると
不思議と誰かが頭を撫でてくれているような
温かい気配がしたのでした。
其れは何日も続き泣きつかれて睡るまで
そして夢に落ちた後までも
胸の痛みが和らぐまで続きました。
「大丈夫。
いつか、全てが慈しみと安らぎに変わる…。」
いつか、全てが慈しみと安らぎに変わる…。」
夢の中で誰かがそっと諭してくれたことを
想い出しました。
其のあまりに苦しい時期がすこし和らいだ頃
幼かった雨香の引き取り先の施設が決まったのです。
親身になって好くしてくれた
教会孤児院のシスターたちのことを
思い出しまた泪が零れます。
あの時、夢の中で傍に居て
頭を撫でてくれてゐたのは、
叶人さま。
叶人さま。
貴方だったのですね…。
* * *
少年王は位を引き継ぐとき
その性別にはないはずの
「霊的な星の子宮」を授けられる事になると云われています。
霊的な星の子宮と云ふ感覚は
内側に広大な聖堂を体感の中で持つことになり、
空に浮かぶ此の祈りの森が見守る
青き星の痛みが手に取るように判るように
授けられるのだそうです。
大聖堂水晶宮の中心点である星の子宮の間と
順応するその聖なる臓器的な感覚を
受け入れる瞬間の苦痛は計り識れません。
順応するその聖なる臓器的な感覚を
受け入れる瞬間の苦痛は計り識れません。
様々な感情を体験し
冷静な共鳴状態に順応するまでは
連日連夜泣き叫ぶ程の苦しみに陥るのだと云います。
星の子宮を継承した王は
その痛みに対する共感と感受能力によって
大聖堂水晶宮から放たれる
少女聖歌隊の祈りの流れ道の屈折率を
調整して行くのです。
叶人はあの夜、確かに雨香の魂の悲鳴を聴き、
その傍に居てくれたのでした。
「ご両親は天寿だったのだよ。
だけど遺された雨香は
苦しかったね。」
そう云いながら、叶人は雨香の震える背中をそっとさすりました。
雨香の痛みがどんな構造になっているのか、
其れは星の痛みの構造を識りつくす叶人の
更に深い痛みからの理解によって
慰められたものでした。
「叶人さま…。」
ずっと独りで哀しみを背負って来た雨香の心が
叶人の深い絶望と慈悲に寄り添います。
少しでも其の痛みが癒されますように。
* * *
夜鳥に雨香をきつく叱らないでくれるように頼むと
叶人は夜鳥の持ってきた
装飾的な華奢な蔦模様の刺繍が裾に入った
儀式のための薄く織られた綿の軽やかで美しいローブを纏い
其の瞳をしずかに澄ませました。
長い前髪で隠していた深い色の瞳の
本質凝視ても気絶しない瞳は
ひとが覗くには深すぎて哀しすぎます。
其れでも生きて逢えた雨香との
静寂な魂の再会は
叶人の胸の内をそっと慰めました。
「また逢おうね、雨香。」
満月に照らされた霊性の高まる古代の薬草が生い茂る庭の中
雨香を振り返り微笑んだ祈りの王は
年齢通りの気負いのない
何処にでも居る普通の少年の笑顔でした。
2012.04.29.fin.
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