月 乃 森 novels 忍者ブログ
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


アルビノの仔供たち 01



きみは僕が喪くしそうな
本当の僕を憶えていて―――。

 
 
*  *  *
 

世界の微かなかなしみとよろこびの繊細な記憶を含んだ
灰色の水蒸気の層が
其の感情を抱えきれなくなって
空からしずかに街へと零れはじめた。
 
あとからあとから零れ落ちる不規則な泪が
規則正しい世界にぱらぱらと降り堕ちる。
 
僕は其れを古びた教会のような造りの
カトリック系聖テレジア中等学校の
校舎の三階の教室から眺めていた。
 
空氣中をひそやかに舞う
細やかな水の粒子が年季を帯びて
深い飴色になった木枠の窓にながれこんでくる
 
水の甘くて澄んだ匂いが肺に沁み込んだ。
 
僕はそっと瞳を閉じる。
 
雨の音で包まれたしずかな世界だけがひろがる。
 
その聖堂に似たやすらかな感覚は
母胎で睡る懐かしい記憶でも
揺り起こすかのような暗闇だった。
 


瞳をしずかに開けると数人の少年たちが
深緑色の黒板に無数の白い点を
チョークで描いて遊んでゐるのがみえた。
 
近視の僕には白い星を模した点が集結した曲線は
確かに暗闇に浮かぶ綺麗な銀河にみえた。
 
閉鎖的な函庭の外に或る、
窓の外の永遠に自由な景色のようにみえた。
 
或りもしない星座を、線で繋いで遊んでいる彼らの姿は
どんなせかいも自由に描いてよかった
懐かしい幼少期を想い出させる。
 
僕にはもう遠すぎる氣がした。
 
僕の羽根は何処へいってしまったのだろう―――。
 
 
 
ふと下を見遣ると、躰が弱かったり
他の生徒との折り合いが惡かったりと
諸事情で通常授業を受けることが出来ない
生徒のための夜間学校へ通う途中の
翡翠(ひすい)と云う僕よりひとつ下の14歳の少女が見えた。
 
鞄の端には包帯を巻いた猫の
小さなぬいぐるみのキーホルダーを下げて
薄い水色のレヱスと水玉の模様が入った
透明なおもちゃみたいなビニール傘を差して歩いてゐる。
 
全体的に躰がよわく、
紫外線過敏症の彼女は
日差しの強い昼間にはあまり外に出ない。
 
深海の底の色素の抜けた白色生物、
アルビノを思わせる色素の薄い
其の畸形的な少女は
 
生の現実感がなくてきれいだととる生徒も居れば
死の氣配に引き込まれていきそうで
畏いと云う生徒も居た。
 
どちらにしろ、つまり、
一歩引いて見られてしまう存在の少女だった。
 
すこし空想的な其の存在には何処か
既成概念の社交辞令など、
通じそうにはないような何かがあった。
 
何度も入退院を繰り返したと云う其のいのちは
生と死をあまりに寸分違わずに見すぎたせいなのかも知れない。
 
僕は翡翠のそんなシビアさの果てに形成された
いのちの輪郭のやうなものを
みているのがすきだった。
 
 
濃紺の制服のスカートの下から
白い羽根のようなフリルの裾が揺れる。
 
羽根を隠しているみたい。
 
瞳にかかる長めの前髪と
白い細い頸が綺麗にみえる長さでそろえられた
薄淡い茶色の後ろ髪が陽のひかりに透けてゐる。
 
ふと彼女が其の視線をあげた。
 
目があった氣がして、僕は驚いた。
 
僕のなかのなにかを
はっきりみられた氣がして、驚いた。
 
其れは一瞬総毛立つようなものだった
 
だけど「あゝ、僕は此処に存在してゐるんだ」と云う感覚は
不思議と次の瞬間には泣き出してしまいそうなものだった。
 
僕はたぶん居るだけで何もかもを駄目にしてしまう
 
 
だけど。
 
僕が封印した感情が
其のとき奏でた不思議な内的な音樂は
罰する必要のない、
もっと綺麗な一瞬のヒカリにみえた。
 
 
僕は何を喪くした・・・?
 
僕の羽根は・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
PR
HOME | 1  2  3  4 

其の木の泪は
乳香の祈り
没薬の慰め


忍者ブログ [PR]